アラサー不美人の哀れな美容事情

残念なアラサーの、残念な美容体験談。

過食嘔吐を辞めた理由【前編】

いつもこのブログを読んでくださっている皆さんへ


人間、普通に生きていれば持病の1つや2つは誰にでもあって、「私だけが不幸」とか、「私だけがツライ」とか、そんなことは絶対にありえないと思っています。


みんな何かしら辛いことを抱えながら必死で生きているんだと。


それなのに、普段闘病ブログではないこのブログで時々同じ病気の方向けの話をすることが正しいことなのかどうか、いつも不安になりながら書いています。


不快にさせてしまったら、大変申し訳ありません。


生々しい話も含んでいます。


ですから、このエントリーはご興味のある方のみ、読んでいただければと思います。


せっかく来ていただいたのに、本当にすみません。


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注)私は元摂食障害者で、現在は寛解。
しかし、まだ「強迫性障害(強迫性障害の話。自分ルールがしんどくなってしまうとき - アラサー不美人の哀れな美容事情)」の症状は残っています。


それを前提に読んでいただければ幸いです。


「過食嘔吐を辞めた理由」


私の場合、それは摂食障害を治すために頑張りたかったからとか、そんな立派な理由ではありません。


不可抗力です。
しぶしぶ辞めざるをえなくなっただけです。


「踏み出す勇気」「将来への希望」も何もない。


ただ、1回目の不可抗力では、慢性的な過食嘔吐症状は治まったものの、完全に辞めることはできませんでした。


昨年起こった2回目の不可抗力によって、私の過食嘔吐は完全に止まりました。
多分、もう一生、自発的に嘔吐することはないと思います。


強迫性障害が強く関係しているので、強迫をお持ちでない方には、的外れな内容かもしれません。
申し訳ありません。


【1つ目の不可抗力】

絶望的に吐くのが下手だったから、です。


下手というか、もともと子どもの頃から吐きにくい体質でした。


どれくらい吐けないかというと、胃腸風邪にかかり、菌を出さなければ体に悪影響が及ぶような時ですらなかなか吐くことができずに医師を困らせるほどでした。



19年間にも及ぶ摂食障害のうち、私が嘔吐していた期間はわずか1年半ほどです。


そのうち、症状が慢性化していたのはほんの半年ほどだったでしょうか。


最初は、嘔吐しにくい自分の体質をずいぶん恨みました。


言葉にできないくらい辛かった。


まるで私の体に、自分ではない誰かが乗り移ったようで。


次から次へと食べ物を口に運ぶ自分の腕があまりにも憎たらしくて、感覚を失うほどにぎゅうぎゅうと握りました。


それでも、過食は自分の意思では止められなかった。


何よりも太ることを恐れているのに、体がじわじわ膨張していく感覚を、ただひたすら黙って受け入れるしかないなんて。


これをすべてリセットできる方法があれば、どんなにいいかと思いました。


その方法を手に入れられるなら何でもすると思うほどに、強く望みました。


けれど、今振り返ると、吐きにくい体質で本当によかったと思います…
(今、過食嘔吐に悩んでいる方が悪いと言っているのではありません。
今の時点で嘔吐が自分を救う唯一の方法なら、吐いてしまう自分を責めすぎないで。
まず、何よりも「明日も生きていること」が大事です!)


(でもでも! 今まだ嘔吐していない方は、お願いだから手を出さないで! 今より状況が良くなることは、絶対にありませんよ! )


(あと、「過食嘔吐よりも非嘔吐過食の方がツライ」と言うつもりも皆無です! )


きちんと吐ける時が、10回に1回あればいい方。


真冬はトイレにヒーターまで持ち込んで、3時間以上必死で吐くのに、大体いつも苦しいだけ。出てくるのは、涙と鼻水のみでした。


9割方消化し、結局嘔吐しなかった時と太っていくスピードは変わらなかったのだから、あまりにも割に合わないハナシ。


言いようのない理不尽さを感じて、さすがの私も目が覚めました。


というか、こんな何のメリットもない状態で、よく1年半も吐いていたものだと思います。


それでも、過食嘔吐への執着は強く、懲りずに時々(と言っても、2〜3ヶ月に1度くらいかな? )吐いていた私。


きっぱりと辞められたのは、皮肉にも、その頃ひどくなり始めた強迫性障害の症状のおかげでした。


【過食嘔吐を辞めた理由②】

私が過食嘔吐を辞めざるをえなくなった不可抗力。
2つ目は、突然の肌荒れです。


去年の今頃、肌がめっちゃくちゃ荒れたのです。


元々は、花粉アレルギーによる肌荒れ。
病院で塗り薬を処方されました。
その薬が、私には合わなかった。


塗った途端にもう、ここにこうして文章で書くのも嫌になるくらい盛大にかぶれました。


その途端、私の強迫症状の対象は、食から肌へと変わってしまったのです。


毎日毎日、顔のアップの写真を撮り、何度も何度も鏡を覗き込み、


「少し良くなったかな?」
「いや、まだ赤みがある」


と、一喜一憂しました。




鏡が親友。


何回も何回も記憶を巻き戻して、病院に行った日、薬を塗った瞬間を頭の中で繰り返しました。


そして、「あの時、ああしていなければ」と、過去の自分の行動を責めました。


本っっっっっっっ当に辛かったです。


たかが肌荒れくらいでと思われるでしょう。


現に、私もスキンケアに関しては昔から疎い方で、特に摂食がひどくなってからは、美容なんかそっちのけ。


社会人になってからは仕事が楽しくて、それがすべてでした。


食べている時と働いている時だけが本当の自分で、その他の時間は完全に無駄だから、ウソの自分をテキトーに演じて流しておけばいいと思っていました。


でも、本当にちょっとしたきっかけで、こだわりの対象は変わってしまうものなんですね…


実際、去年の肌荒れも、かぶれた当日こそひどかったものの、今冷静になって当時の記録写真を見ると、1週間もすればかなり元の状態に近づいています。


でも、1回気になりだしたら最後、もう悪くなっているようにしか見えなくなる。


例えば、摂食が悪化すると、体重が0.1kg増えただけでも、絶望感に苛まれて死にたくなったりしませんか?


当時の私にとっては、肌荒れはそんな感じでした。 


それに、共感を求めるわけではないですが、女性にとって肌荒れって結構落ち込みますよね。


何より辛かったのは、肌荒れのせいでそれまで使っていた化粧品が全て合わなくなってしまったことです。


元々皮膚の色素が極端に薄く、紫外線に弱い私は、日焼け止め無しで外出することが出来ないのです。



日傘も親友。


皮膚科医からは、しばらく日焼け止めを塗ることを禁止され、さらに、それまで以上に紫外線に気をつけるよう指導を受けました。


もちろん医師に従うことは大切です。
病気によっては、少しの不注意が命の危険を生むこともある。


でも、今回の場合…特に、命に関わることではない。


医師の言うことは正論だけど、そうはいっても生活があるのだから、一切化粧をしないことも、完全に紫外線を避けることも普通は無理です。


先生も、「なるべく心がける」という意味で言ったのだと思います。


頭では分かっています。


しかし、ここで私の強迫が発動。


「完璧に先生の言うことを守らなければ、この肌荒れが一生取り返しのつかないことになる」


完全にそう思い込みました。


食事・体型管理を儀式化し、少しの体重増加や食事の予定変更でパニックに陥っていた時のように、今度はスキンケアや肌のチェックを儀式化し、ほんの少し肌が赤みを帯びただけで、すべてに絶望するようになりました。


それでも、3ヶ月も経つと徐々に肌は落ち着きはじめました。


依然としてお化粧は出来ない状態でしたが、なんとか肌に合いそうな日焼け止めも見つけました。


しかし、私の肌荒れ強迫は、これだけでは終わりませんでした。


強迫が良くなる→摂食が悪化する→強迫が悪化する→摂食が良くなる→強迫が悪化……


地獄のループにはまり込みます。


長くなってすみません。
後編(過食嘔吐を辞めた理由【後編】 - アラサー不美人の哀れな美容事情)に続きます。


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